2006年08月01日

誰も知らない

「いわゆるA級戦犯」について
コメント欄で活発に議論がされている
のを全て読ませていただきました。

大変私自身も勉強になる意見が多くて
毎度ありがとうございます。

相変わらず
コメントを書き込めないので、
(無理すれば出来ますが・・)
記事としますが
私はこんなふうに思います。

大変にまとめるのが難しく、
うまく伝わるか、
自信がないですが、、、




60年、いやそれ以上昔の戦争について。

その当時の日本人達が、どんな気持ち
だったかは、現代の我々には推測しか
出来ません。

既に「もたらす結果」を知っていて
そこから推測する現代に生きる我々は、
後だしジャンケン
してるみたいなものです。

そもそもが、命に関わらない、戦っても
いない、「卑怯な立場」からの判断なんです。

当時の日本に生きていたら、無駄な戦い
とは思わなかったかも知れない。
軍部を支持して喜んで戦地に赴いた
かも知れない。
夫や息子、父親を喜んで戦地に向かわせた
かも知れない(女性の視点から)。
その逆だったかも知れない。

どれだけ資料が見つかろうとも、
研究が進もうとも、結果から推測する
「〜〜だったと考えられる」
「〜〜と発言している人(も)いる」
しか、現代人には解らない。

それでも、歴史の研究は必要であり
我々は過去に向き合わなければいけない。

考えうる限りの「当時の日本の価値観」と
「現代の日本の価値観」を照らし合わせて、
史実を分析しなければならない。

それが過去の清算、本当の歴史教育
だと思います。





ところが、戦後の日本はこれらを蔑ろに
してきた。「悪かった」の自虐ばかり。
「悪かった」のは一面にあれど、じゃ
「悪くなかった」面は?と誰しも思うはず。
結果には多面的な責任があったはず。

これを日本人は戦後に学んで考えなきゃ
ならなかったのに、しなかった。そのツケ
が今噴出している問題です。



戦前、戦中、戦後のことを国民に教えず
国民も学ばず、蔑ろにしてきた結果、
日本人の戦争に対する「判断」に
日本人の価値観とは離れたものが入り込んで
幅をきかせてきた。

アメリカの洗脳、中国韓国の言いがかり、
それらに同調する反日日本人、意図的な団体。

きちんと戦争史(?)を教えず日本の価値観
で判断することをしなかったせいで、戦争に
対する価値観が「混ざって」しまっている。


これを「一掃させて、徹底的に日本の価値観で
戦争を考え直し判断しなおすこと」をしないと
私は「戦後は終わらない」と感じています。

相手の視点に立つことは、まず自分達の
立ち位置が固まってからです。
それが日本はグチャグチャ。




しかしただ一点、
いつの時代もおそらく日本国内では
変わらない価値観だけは、たとえどれだけ
他国の価値観や洗脳が混ざっている中でも、
譲らすに、わきまえておく必要がある。


それは、日本には
「死をもって償う」
以上の責任の取り方はない、ということ。

そしてそれに伴う
「その子や孫に罪なし」
「死してなお虐げられることなし」

ということ。

日本人の、絶対に譲ってはいけない価値観。
これを否定したら日本は形を無くします。

日本だけと書きましたが、いまやこれに
加えて
「被害者、遺族のあだ討ちは裁判と判決
をもって完遂する」

というのも、多くの国や民族が共有する価値観
でしょう。




>トラさん、なまずさん
死をもって償ってなお消えない「責任」は
少なくとも日本では有りません。
(A級戦犯が、
ユダヤ人を虐殺したヒトラーと同じとか、
金正日なみの独裁者だったと見なすならば
まったく話はかみ合いませんが・・・)
これは現代も、60年前も同じこと。

被害者(?)遺族の感情はそれではおさまらない
でしょうが、それでも「責任を果たした」と
するのが法治国家に生きる人間としては
義務でしょう。

(だから、私は東京裁判史観を全否定は
しない立場をとっています、前の発言と
矛盾する「戦勝国の価値観を受け入れる」
ことになりますが、それでも「死を持って償う」
覚悟を認める=東京裁判史観をある程度
(判決部分は)認める、だと思うので)

なおも「罪が残っている」とすることと
「責任が残っている」とは別物です。
「罪は(史実として)残れど責任は果たした」
が日本の価値観。だから「死者に鞭打たない」し
「死んだらみんな(一緒の)仏さま」。

ただ、
彼らA級戦犯の責任は国民の多大な犠牲、
に対してであり、国民は無駄死にだから合祀は
「加害者と被害者が一緒に祀られること」に
なりよくない、とする意見は「現代の日本の
価値観」からは理解できます。

例えば、山口母子殺人事件の被害者と、
加害少年が同じ墓に入ることは、遺族感情が
許さないでしょうから。

しかし、この戦争と言う非常事態での、
日本国内での「加害者」「被害者」はどのように
分けているんでしょうか?

日本以外の国、被害者(本当は被害者かどうかも
解らないケースも含めて)にはほぼ全て、
責任を果たして済んでます

ただ、日本国内の「国民」を被害者と見なせば、
彼らに対しての責任は確かに、果たして
ないといえばそうなる。
占領されて果たせなかった、とはいえ。

この「国民への被害」なのですが、
現代の価値観で判断して、おそらく政府や
A級戦犯が「加害者」で国民が「被害者」
という分け方ですよね?

これも、後だしジャンケンです。

実際に祀られている御霊に意見が聞ける
としたら、もしかしたら
「アメリカが加害者に決まってる」かも
「東條が悪い」かも
「俺は5人殺したから加害者だ」かも
「日本人は全部加害者だ」かも
「日本人は悪くない」かも知れない。

そういう推測しか出来ない状態で、
戦勝国から押し付けられた価値観だらけ、
外国の価値観が幅をきかせているような
状態で、合祀の是非や参拝の賛否を
我々が純粋に判断するのは難しいでしょう。

徹底的に、御霊の立場に立つのか、
遺族感情に立つのか、現代の日本の価値観で
判断して当時の価値観は無視するのか、
あるいは国際的視点に立つのか、
これらが混ざってます。

言論の自由がありますから、個人が何を述べても
どう判断しても構わないのですが、国家
としての「判断」までもが「混ざった価値観」
で「ぐらついて」いては国益を損なうことを、
既に我々は実感しているはずです。













我々日本人が今、靖国について
するべきことは何でしょう?

私は、合祀の是非や参拝の是非以前の
問題を解決することが大事だと思います。

そのひとつ、取っ掛かりとして
日本国内の議論を高める為に、
きちんと向き合う為に、
国民として、国家としてはどうあるべきか
を考えるために、

外野を黙らせる

ことです。


これは日本人の問題です。
(他国への責任は果たして終わっている
のですから)

日本人にしか解決できないし、理解できない。
極めてナイーブな問題。

他国や他国人が、今なお
触れていい問題じゃない。

それへの「NO」を突きつけるためにも、
まず第一に「日本の価値観で判断する」
きっかけとするためにも、
小泉さんはもちろん、今後の首相にも
「個人の自由」ではなく「国のリーダー」
として参拝して欲しい。
ここだけは「個人の自由」じゃなくて
「国家の責任」として主張してほしい。

外野の野次を静かにさせないと、
客を乱入させないようにしないと、
選手はプレイできないし、
審判も判定できないし、
その判定も選手に聞こえなくなりますから。

そういう理由もあって、
私は参拝賛成なんです。








戦争を知らない世代が、人口の80%を占める
ようになったという日本。

今こそ、戦後にグダグダになった
「ごった煮価値観」
を一度ご破算するべきじゃないでしょうか。

自国の歴史を、他国の価値観で語ってるのは
負けた日本だけ。

まずは徹底的に「日本の価値観で考える」
ことをしてから、他国の価値観を取り入れ
ましょうよ。靖国に対しても、いや靖国は。

当然、コーヒー牛乳のようにもはや
コーヒーと牛乳には分離出来ない価値観も
ありますが、油と水なのに混ざったように
思い込んでいる価値観なら分離して
考えられるはずです。









靖国(戦争の歴史)という「石」を「湖」に
投げ入れてきれいな「波紋」を広げるためには、
まず波打つ「湖面」を静まらせることじゃ
ないでしょうか。













大変に難しい問題に(なって)しまいました、靖国は。
これを簡単な問題、いや問題でさえないと
変えていく必要があると思います。

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posted by らん at 14:41| 香港 ????| Comment(88) | TrackBack(0) | 番外編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ここに書いてる記事に対して文句を言っているのは、中国、華僑、韓国(北朝鮮)です。中国が「中国およびアジアの人たちといったとき、フィリッピン、ヴェトナム、インドネシアなどの新聞をインターネットで読みます」が、「靖国、小泉の単語は出てきません」。要するに中国の要人がいったときは、私は反対だということ。中国人の誰かがいったときには日本人は日本人の考えよりも優先するのか、日本の国の政治は中国が決めるのか。誰か教えてください。
Posted by 森田 at 2006年08月01日 15:22
後出しジャンケン。見事な例えですな。
日本の戦後に関する問題点も簡素で的確だと思います。
Posted by 流浪の名無し at 2006年08月01日 15:38
もちろん(外国の価値観でなくて)日本の価値観で考えていいのですが。

>「加害者と被害者が一緒に祀られること」に
なりよくない、とする意見は「現代の日本の
価値観」からは理解できます。

ここまで分かっているなら話は早いです。
らんさんは、ここまで思考がきていながら、なお、「当時の価値観」で考えようとするから話がおかしくなるのです。
「当時の価値観」で考えれば「日本が正義」に決まっているじゃありませんか!
戦争とはいつの時代も「正義と正義の戦い」です。
湾岸戦争もイラク戦争も「正義と正義の戦い」でした。
「現代の日本の価値観」であの戦争を考えることがおかしいというなら、もう何も考えることはできません。思考停止です。
Posted by とらお at 2006年08月01日 15:51
殴り合いの喧嘩で負けたほうが悪いとされるのはまあしかたないとするが、ソレは喧嘩の当事者間でのことで、見てただけの連中がいろいろ言うのは我慢できない。ましてや、後ろに隠れていたやつが負けたとたんに「ウリたちの勝ち」などと言い出すのはまったく問題外。
Posted by 1300 at 2006年08月01日 15:53
久しぶりに書き込みさせていただきます。
今は戦争が続いている状態なのでは?
外交戦争という戦争が。
スパイを送り込み、政治の中心にまで関与し、国の内部から崩壊させて自分たちの国の支配下に置こうという武力を使わない戦争が。(いつでも武力は使えるぞと示しながら)
だから小泉さんは日本の独立維持のために戦っていると思います。
Posted by ケイ at 2006年08月01日 15:53
「死をもって償」っていない人が一人いるから問題なのでは?
「戦争は臣下が勝手に始めた」と言って責任逃れに終始する昭和天皇の姿には醜いものを感じますね。
今回のメモもそう「臣下の誰某が悪かった(だから朕は悪くない)」というミットモナイ言い訳だけ。
あの状況(敗戦)でフツーの責任感を持った日本人なら腹を切りますよ。臣下に罪を押し付けて逃げ回るなど言語道断。
昭和天皇を日本人自身が絞首刑にできなかったことが全ての問題の発端でしょう。
昭和天皇の戦争責任に言及しないどのような議論にも一文の価値もありません。
Posted by 鬼畜米英 at 2006年08月01日 16:34
腹を切るのは侍の役目です。
元々日本の司祭を司る天皇家に、腹切りは無いのです。

今回のメモは、昭和天皇の言葉かどうかも怪しいです。時期がずれている可能性も高いので、解釈自体が間違っている恐れもあります。

それに、戦後マッカーサーの元に、陛下自身が赴かれたことを考えると、陛下は責任を取るおつもりだったと思われます。

もっとも、陛下が自害されていたり、罪を問われた場合、米軍は日本をあそこまで平和に統治はできなかったでしょう。

ましてや、戦争責任といいますが、あそこまで追詰められて自然消滅を望む国家は、ありえないです。

真珠湾も、黄色いサルたちにはなんにも出来ないとアメリカ首脳部が思っていたのが、あれだけの被害を出したことも事実ですから。
Posted by ビッテンフェルト at 2006年08月01日 17:03
大和撫子のらんさんに乾杯
y(^_^)

人を非難するときには、
その人および、その回りの
できうる限りの情報と、
その情報の自己同一化が必要です。
そして同時に客観的な視点と。

だから例えば裁判には、
被告を弁護する人、
検察、原告が居るのですが、
一般人一人の裁判でさえ、
判決が下るのに時間がかかります。
ましてや国全体、世界を巻き込んでの
騒乱の後での責任云々を客観的に
判断できるのには、
少なくとも数百年かかるのではないでしょうか。

昭和天皇の絞首刑を求めるなら、
実際に民間の日本人を殺した、
アメリカの大統領も絞首刑にされるべきではないでしょうか。
アメリカではその大統領は英雄ですが、どうしましょ。
直接手を下した者を裁かずに、
手を下した者を阻止しようとした者を裁こうというのは、
なんか変じゃないかなぁ?。

ついでに、アジアで侵略の限りを尽くした代表的な国である
イギリス王室の女王陛下の
責任も云々するべきではないでしょうか。
毛沢東にも蒋介石にも責任追及するべきだし、他にも追求されるべき、
A,B,C級の戦犯は、各国にごろごろいるのではないでしょうか。
戦争が終わってなお、
捕虜虐待を続けたオランダ人軍属は、
罪を犯していないのでしょうか。
戦争が終わってなお、捕虜を強制労働させていた旧ソ連の指導者は、
罪を犯していないのでしょうか。
ベトナムに侵略戦争をしかけた中国の指導者は罪を犯していないのでしょうか。
何百万人と自国の民が飢餓に苦しんでいるのを放置して、他国にミサイルをぶっ放す国の指導者には罪がないのでしょうか?
チベットで民族浄化している国の指導者には罪がないのでしょうか…
中国人から搾取をしているらんさんには、罪がないのでしょうか…

きりねーーー(^_^;)
世界は悪人であふれています。

おっと気がついたら、
AV見てる私も悪人でしたσ(^_^;)
Posted by おゆなむ at 2006年08月01日 17:39
>外野を黙らせる

私が安倍氏に期待するのはそこです。
国の責任者は、毎月でも参拝して欲しい、と思うのはそこなんです。(もちろん、護国の人を思って、が第一目的です)


あと、ちょっと横入りですが・・・
WU以前の近代戦は、正義の戦いではなく、利害がぶつかった時の解決法です。

ですから、勝った国は負けた国から、領土・賠償金・租借権・等等を取ったのです。

正義の戦いではないので、敗戦国の指導者に責任を取らせて処刑したりしませんでした。
また、その国の制度に手を加えたりはしなかったのです(一応は)。
それが戦時国際法に則った近代戦でした。

現代の戦争は「正義戦い」のせいで泥沼化しています。
十字軍の時代に逆行してしまってるんです。

それというのも、あの国際法を蹂躙した東京裁判史観が世界に蔓延っているからです。

うまく書けませんが、「世界がさばく東京裁判」監修佐藤和男 を読んで欲しいです。
Posted by ワツィ at 2006年08月01日 17:47
そう、後だしじゃんけん。この比喩がぴったりだと思います。私の言いたかったことを代弁してくださったようですっきりv
そしていつもながら、思うことをクリアに、そしてさらに突っ込んだ文章にできるらんさんに感心です。

軍人だった方が絞首刑に処されるなんて、屈辱的だったとしかいえないと推測します(特に元イラク大統領が死ぬなら軍人として銃殺刑にしてくれというのを読んでからは)。それでもそれを受け入れたあの方々は、立派に責任を取られたと思います。
Posted by Mol at 2006年08月01日 18:34
ん〜。
私の感覚では「戦後賠償も謝罪も済ませた、条約も結んだ。今更何を言うんだ?」
まあ、日本は謝り過ぎです。
「国際法に則り全ての戦犯は免責された。
中国には文句を言う資格さえない。」
中国は怒りそうですが。
「免責された人間、刑を償い、罰を受け命で償った人間を神社が奉るのに何の差支えがあるのか?」
「中国の言い分は国際法上も国際常識から言っても原則から外れる。」
スジは通ってると思うが。
「中国には国際法も国際常識も通用しないのか?さすが人治国家、3流国家、中華帝国主義独裁国家。」
ココまで言ったら戦争になりますかねw
Posted by take at 2006年08月01日 18:52
あっ、一つ忘れてました。
「日中友好を語るなら反日教育を止めてから」



コメント乗せてくださいネ
Posted by take at 2006年08月01日 19:03
らんさんとおゆなむさんに同意します。

責任論を述べてる方がおられますが・・・、
『もしも当時の日本が、リーダーの失策のせいで多大な犠牲は払ったが、それでも戦争には勝った、としたら?』

それでもリーダーたる者は事後的に失策の責任を問われれるべきなのか。
戦争に勝とうが負けようが、それは当時の国民が決めること。
そして彼らの出した答えは皆様ご存知の通り。

それに対して後の世代が「おかしい」と横槍を
いれることの滑稽さ。
おかしな正義感をふりかざしても、その滑稽さは正当化されないと思います。
Posted by 雪見隊 at 2006年08月01日 19:05
日本人だからここまでコケにされる。
日本人だからここまで自省する。
これが日本人じゃなったら、

「うるさい、黙れ!」

で終りますよ、多分。
日本人であることがの良い面が仇になってる好例ですよね。
上の方で先帝陛下が腹を切るべきだった、
などと戯言を言ってる人がいましたが、
脱力してしまいました。

Posted by 無頼の徒 at 2006年08月01日 19:38
まあ、あれですよ。
ぐだぐだ言う前に、
まずは陛下という尊称を付けましょう。
話はそれからだね
Posted by 緑色 at 2006年08月01日 19:53
自虐的教育をものすごく受けた私は、A級戦犯ですら疑わしいものです。
天皇陛下のせいとかではなく、陛下を操って、うまく逃げたやつがいるのではと思います。韓国・中国の歴史が歪んでいるという事は日本も歪んでいるのでは?と疑ってしまいます。
富田メモって陛下のお言葉ではないとか・・・・
Posted by at 2006年08月01日 20:07
>外野の野次を静かにさせないと、
>客を乱入させないようにしないと、

っていうか、選手(日本人)の一部に外野を利用する人がいるんだから、どうにもならん。それに、言論の自由がある限り、それはある意味正常な状態なわけで。
むしろ、中国や韓国が言論の自由度を増して、日本側が外野として乱入できるようになればなあ、と思うよ。かの国々でもっと言論が多様化すれば、今みたいな極端な言論状況は生まれてないだろうに。
まあそうなったら、中国は今の形をしてないかもしれないけど。

興味があるのは、中国もかなり豊かになって、教育レベルの高い人も多くなってるだろうに、そういう人々は自国の自由や民主主義の状況をどう考えているのかということ。変えていくべきだと思わないのかな。機会があったら、そのへんの事情を書いてもらえると嬉しいです。>らんさんへ
普段は読んでいるだけですが、毎回楽しみにしてます。
Posted by at 2006年08月01日 20:34
昭和天皇に『責任を取れ』と言っている方がいましたが、陛下はきちんと責任を取られるおつもりでしたよ。マッカーサーに『全ての責任を自分が取るから、私の国民を飢えさせないでくれ』と、おっしゃったそうですから。
Posted by のの♪ at 2006年08月01日 20:46
あと、富田メモですが、私から見ると『水戸黄門の印籠(漢字違うかも)』のようなものに思えます。印籠を見つけた人が、「こんなものがあったぞー」と、これみよがしに見せびらかしている。印籠が本物なのか、そもそも印籠が何か知らない人も含めて「なんかすごいもんがあったー」って、大騒ぎしたりひれ伏したりしている。でも、印籠を見せびらかしてる人の後ろに、肝心の水戸黄門がいないんですよね。滑稽です。メモの真贋はともかく、総裁選前で靖国が争点となっている微妙な時期に、昭和天皇陛下が世論がどちらかに傾くようなご発言をなさったとは思えません。「陛下のお言葉を大事にしろ」と言ってるくせに「お心」を無視している。印籠を見つけた人が「いいもの見〜つけた♪」と、小踊りしている様子が目に浮かんで、ものすごく不愉快です。連投失礼しました。
Posted by のの♪ at 2006年08月01日 21:11
いわゆるA級戦犯かぁ〜。

う〜ん、いわゆる、微妙な言い回しですねー。


先の大戦を原点としてこの国は始まっているわけで、難しい問題ですねー。


でも、死んだなら皆、仏の精神は、この国の根本の一つかと。

盛者必衰・諸行無常の観念と共に、脈々と培ってきたこの国の形。

我々は、死した人に唾を吐きかけ、1000年も怨み続ける文化を持つ国ではないのです。

それを理解しろというのは難しいかもしれないが、その観念を持った民の国があることは知っておいてほしいなー。


所謂、A級戦犯は白人優位主義者によって付けられた冤罪だとしても、しなくても、
この国では、死したらもう仏、罪は無いのですよー。

理解できないだろうなー。
こっちが死した後、1000年も唾を吐き続ける国民を出来ないように。

難しいねー。

Posted by shin at 2006年08月01日 21:50
ほんとにね〜。気がづけばすっかり宗主国のような振る舞いをしている中国。らんさんはその中国にいらっしゃるから余計「外野を黙らせる」ことの大切さが分かるのでしょうね。私もこのブログや様々な資料を通じてやっと多少なりとも日本人としての見方や価値観が分かり始めてきたように思います。

強制的にでも皆で考える努力をしないといけないかもしれませんね。
Posted by おれんじ at 2006年08月01日 21:52
A級、B級、C級・・・・こんな間違った翻訳をしたのは誰なんでしょう?
A種、B種、C種なら納得します。
今でも間違った訳を堂々と使う反日マスゴミと反日日本人。
罪に種別はあっても階級は無いでしょう。
せめてマトモな日本を考え、願う人には
こんな訳はつかって欲しくない。
またSF講和条約でも認められている
所謂戦犯の日本人による名誉回復も
意図して無視しているようでは、
太平洋戦争も靖国も、日本人の手では総括できないでしょう。
Posted by t at 2006年08月01日 22:27
言いたい事はほぼ前回かいてしまったのでらんさんの意見に絡めて次期問題施設筆頭の

遊就館

について一言

価値観、という言葉が出てきましたが、個人的には幅が広すぎる言葉だと考えております。
必要なのは当時の価値観の何が戦争に踏み切らせたかへの理解、言い換えれば当時の戦争の’正義’は何であったかを理解することが重要だと思います。

当時の指導者にたいして、
・戦争に負けたこと
・自国民に多くの被害が出たこと
を元に責任を声高に叫ぶ人も多いです。

では

何故戦争という手段をとったのか?

この疑問が最も重要だと考えます。なぜなら上記の戦争による結果は戦前すでに予想されていたもだからです。(無能だったため予想できなかったという意見もありそうですが、何のことはない敗戦の結果人物像が貶められただけの場合が多いです。)

難しい問いです。
きちんと説得力をもって語れる人は意外と少ないのではないでしょうか。しかし、この問いの答えこそが当時の’正義’です。

この問いに答えてくれるのが遊就館です。時代毎に日本が何を’正義’として戦争をしていったのかを明治維新から順を追って全て示してくれています。社殿と対になる’靖国’を構成する不可欠な部分だと思います。

靖国論争で分が悪い左よりは今後、遊就館攻撃をする事によって逆接的に大切な施設であることを証明してくれるでしょう。

もし靖国神社を参拝される事があれば行ってみることお勧めします。いい施設ですよ。
Posted by とんぬら at 2006年08月01日 22:51
今回の記事とは無関係で恐縮ですが…。
中国から2chへのアクセスが全面的に遮断されてるらしいのですが本当ですか?
最近きつくなっていると噂されてる情報統制の一環なのでしょうか
Posted by ねる at 2006年08月01日 23:11
靖国で会おうと言って死んだ先祖達が集う場所・靖国神社を大切にしたいと思う心

死んだら皆仏

清濁合わせ飲む


どれも日本人がもつ文化だと思います。
外国人ならまだしも日本人がわからないなんて・・・
Posted by もも at 2006年08月01日 23:20
>鬼畜米英氏

>臣下に罪を押し付けて逃げ回るなど言語道断。

ダウト。出直しておいで。
Posted by あーあ。 at 2006年08月02日 00:19
こんばんは、らんさん。

私はらんさんのご意見に概ね賛成です。
しかしながらも、どの国民・民族も自分自身こそが被害者であり、加害者との和解など簡単にはありないと思えます。

例えば、アジア諸国でありながら、あまり取り上げられないインドにしても、植民地支配していたイギリス人を全面的に許したわけではないですし(大戦後、独立運動を妨げた事に関する恨みも、もちろんあります)、日本人に対しても、独立できたきっかけの一つであるから一定の評価をするものの、大戦中の行為全てを許したわけではない、というのです。

中東にしても、戦争を繰り返すのも、戦が憎しみを生み、それを癒せないまま、新たな憎しみを増長し、戦火を交える。私にはどうしても、簡単に割り切れる事など、到底不可能だと思います。

それでも、先の例でインド人が公に日本を非難しないのは、現在の状況(大きな成長はあるものの、まだまだ途上中)というのがあるにしても、結局の所、いつまでもそんな事で非難し続けても、意味がないと考えているからだと思います。

私のような愚鈍な者には、これ位の事しか浮かびませんので、相互理解など、到底不可能だと思います。
(同じ日本人同士でいがみ合ってるのに、何故、他国民と相互理解などできるのか。不思議に思えてなりません。)
Posted by Mars at 2006年08月02日 01:20
TBSの安倍氏の写真クローズアップ、
昭和天皇のメモ(捏造?)ときて、
今日はこれでしたか。

http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/50581639.html
Posted by ごん at 2006年08月02日 01:38
あとだしジャンケンという例え、まさにそうだなと思いました。
結局、今なされている戦争についての話は、戦争を経験していない人間がしているのですよね。(全てがとは言いませんが、大半がそうだと思います。)
時が流れれば価値観も変わります。戦時中の価値観と戦後の価値観では、当時の戦争についての見方は違っているはずです。
少なくとも、今を生きている私たちは、戦争に否定的な話をしても逮捕されたり殺されることはありません。

戦争は、それに関わった人間全てが嫌な思いをするものだと思います。
加害者と被害者に分けられてしまいがちですが、それは国という規模で見たときで、国民単位で見れば、辛い思いをした人ばかりなのではと思います。

外交カードとして使われている部分もあると思います。結局、靖国神社というのは、「戦争に対する責任」という外交カードの中のひとつであって、例え靖国神社の問題で日本が折れたとしても、「戦争に対する責任」というカードはなくならないので、あまり意味はないのではと思いました。
Posted by namd at 2006年08月02日 02:06
処刑された人になお責任を取れ、
と言ってる人たちに聞きたい。
その責任は未来永劫続くのだろうか。
この問題は「日本人は死者を鞭打たない」
の一言で終わると思う。
また今回の先帝天皇陛下のメモ問題は
天皇制を終わらせたい者たちの意向が
働いている、とする見方もあることを書いておく。
Posted by hana at 2006年08月02日 02:53
盛り上がりますね。この話題。

基本的にランさんの意見に同意です。

でも、個人的にはこういう順番がいい(必要)と思います。

日本として先の戦争の歴史観を整理、統一。
(現状、人によって知識、意見のばらつきが大きすぎ)
 ↓
結果、政治家が靖国参拝するべきかどうか決められる。
 ↓
外野は無視できる。
(今でも無視すべきと思いますが、内部でもめてるうちは外野に対して毅然さに欠ける)

で、言いたかったのは

政治家は正しい歴史を国民に伏せておきながら勝手に参拝するべきではないのでは?
(現状、有権者の認識とズレが大き過ぎると思います)

ということでした。

外野はともかく、政治家は内野からまとめないといけないと思います。

今、参拝するのは少しフライングかなと。

ちなみに、中国国内での民主化の動きについて(知識層)は私も興味があります。

周りにいる中国人は政治よりも金儲けにしか興味の無い 志が低い連中ばかりなので。。(割と知識層のはずなんですが)

彼らその方面は、あきらめてるのか満足しているのか良く分かりませんが、例えば人権が無いこととかも疑問にすら思っていない感じでした。

抗日、反日、金儲け のみを刷り込まれてきたのかな。。。
Posted by nan at 2006年08月02日 05:13
上の意見、まるで政治家には信教の自由が無いような書き方ですが、そういう意味ではないのであしからず。

教科書問題とかも含めて歴史問題を収束させてから参拝して欲しいなと思ったのです。(外野の為ではなく日本の次世代の為に)

また、個人の権利だけを主張して参拝するやり方もどうかなと思います。
(別に熱心な神道信奉者という訳でも無いわけですから)
国益優先という態度の方が政治家らしいと思います。

それにしても靖国参拝するしないが争点になってしまいそうな今回の総裁選もいやだなぁ、と思ってしまいます。

まるで、候補者の歴史観、宗教観だけで選ばれてしまうような変な感じがします。

ちなみに私は8/15はまだ中国国内に居るのですが、ちょっと不安です。
(その日、出かけなきゃならんし。。
心配しててもどうしようも無いけど)

Posted by nan at 2006年08月02日 06:28
そもそも半島人はともかく中国が文句を言うのは、国交正常化の段階で日本の責任を「戦犯処分」という形で手打ちにしたのに、合祀でその戦犯を奉った挙げ句首脳が参拝してるって事にあるのでは?

だからこそ分詞論が出るわけで、日本的考えでは死後は皆仏だけど、だからといってその考えを中国に押しつけている、という思いが中国側にあるのではないかと思います。
Posted by Matrox at 2006年08月02日 07:20
Matroxさん

終戦時「中国」は「中華民国」今の台湾政府(国民軍)が元々で、今の「中華人民共和国」は終戦時「八路軍」と呼ばれて確か日本軍とは戦っておりません。終戦後も国民軍は八路軍と中国本土で内戦状態でした。したがってSF講和条約加盟国の中に中国、韓国は無いのです。
戦ってもいない国に文句を言う資格は無いと思います。
Posted by ぺんぎん at 2006年08月02日 10:02
国の為に亡くなられた方々が祭られている靖国神社に、天皇陛下はじめ首相、閣僚ほか国を代表する方がお参りされないような国ならば、この先戦争になった時、もし戦争にならなくても何か会った時、この国の為にと言う気持ちは絶対に起きません。
国会議員の方も後の世で戦犯と言われてしまうような判断をしたとき、その方が祭られているような所にはお参りできない、などと議論になるような国ならば、国の為に何かをするより事なかれ主義を貫くと思います。
分祀だ合祀だと言っている人々は、絶対に責任は取らない方なのだと思います。
昔の戦争の罪を未だに問うよりもそれを反面教師にする方がよっぽど大切です。
国民を守る議論も出来ず、憲法9条改正の話が出ただけで軍国主義の復活だとほざいている人たちはミサイルが日本に落ちても日本が悪いからだと言うのでしょう。
特定アジアの言っている事はどうでもいいことです。
無視すればいいだけの事なのです。
国の為に天皇陛下にも首相にも毎年公式参拝して欲しいです。
Posted by nana at 2006年08月02日 10:34
とらおさんが当時の人の身になって考えれば・・・と言っていましたが、まさに戦争を体験した国民の多くが署名運動をして、政治家たちが全員一致で赦免を決定したんですよね。遺族の団体も靖国への合祀をお願いしてますよね。
ここまでが当時の空気であって、靖国参拝反対とか、分祀しろとかは全く別の空間から出てきたような気がします。
私たちに当時の国民を裁く権利があるのでしょうか。
今後も新事実が発見されるたびに永遠に裁判しなおすんでしょうか。
ということは、私たち自身も永遠に裁かれるということですよね。
とても安らかには死ねませんね。
きちんと手順を経て決まったことを、しかも今更どうにもならないこと(分祀不可能ですから)を何とかしようなんて暴力だし、どうかしてます。
小泉さんの言う通り、あとは個人の心の問題ですよね。
Posted by J at 2006年08月02日 10:36
>日本的考えでは死後は皆仏だけど、だからといってその考えを中国に押しつけている、という思いが中国側にあるのではないかと思います。

日本側が日本人の宗教観を持ち出すと
中国政府は「中国人民の心はどうなる?」
「戦犯さえ祀られてなければ」と切り返し・・・いや苦しい言い訳をします。
所詮、他国の宗教観が問題でもなく国家の追悼が云々でも無いんです。
アジアの盟主は中国であり、日本は永久に叩き続けて
絶対中国より地位を高めてはいけない。
と言う考えでしか無いんです。
だから日本の経済力・技術力は利用するが
政治的には頭を抑え続ければいいと。
Posted by t at 2006年08月02日 12:54
ぺんぎんさん

戦ったか戦ってないかという事で言えば、日中共同宣言で日本と中華人民共和国間における戦争状態の終了が宣言されたわけでして。
まあ参拝は個人の自由だと思いますが、その時歴史問題に付いての文言を入れられず、未だにODAを拠出する状態において、政治家の靖国参拝が対中外交の大敗に対するただの八つ当たりに見えてしまって仕方がないのです。
Posted by Matrox at 2006年08月02日 13:03
後だしじゃんけん!毎度ながら見事な例えですね。さすが

裁判、条約、賠償など中身はどうあれ、特亜に言われる筋合いのない終わった事です。
日本の問題、日本人の心の問題だと私も思います。

日本人の水に流す、悪人も死んだら仏は日本人以外には所詮わからない感情です。外国人にそのアイデンティテーまでとやかく言われたくないです。また言うくせに言われるのは嫌を卑怯と日本人も多いはず。
Posted by nana at 2006年08月02日 14:10
死者の墓をあばいてまで、後だしジャンケンしたり、焚書坑儒してまで現政権の正統を捏造する事は日本人にはない概念です。

天皇家にしろ、歴史にしろ日本は万世継続性を認める国だと思います。
Posted by nana at 2006年08月02日 14:14
08月02日 10:34のnanaさんと、

08月02日 14:10
08月02日 14:14のnanaさんは同一人物ですか?
Posted by ワツィ at 2006年08月02日 14:29
はじめまして!
靖国参拝を否定する人って、
もしかしたら、『日の丸』『君が代』という
国旗・国歌に対しても思うところがあるのだろうか?

ちなみに私は、『靖国』『日の丸』『君が代』を尊重しています。

Posted by GUU at 2006年08月02日 17:01
Matroxさん

>>政治家の靖国参拝が対中外交の大敗に対するただの八つ当たりに見えてしまって仕方がないのです。

成程そういう見方もあるのですね。
私は外交に「歴史問題」だのは入れる必要は無いと思います。シビアに言えば利害関係のみをはっきりさせれば良いと思ってます。そういう意味では国交正常化をして以降、自虐的な贖罪意識を持ち続けた日本外交は落第だとは思いますが・・・。
Posted by ぺんぎん at 2006年08月02日 19:57
久々ですが、多忙に付き、
筆の赴くまま、推敲せずに書かせて頂きます。

東京裁判について。
A級戦犯で刑を受けた方々は連合軍の溜飲を下げる戦勝儀式の犠牲者。かつ、昭和天皇の身代りでもある。戦勝儀式でしかないから「平和に対する罪」というラディカルで何かいかがわしい香りのする罪名を考案せざるを得なかった。
以上から東京裁判は問題外。

旧指導者の政治責任について。
国民に対する敗戦の責任、失政の結果責任はある。だが「失政で死罪」など文明国であってよい事ではない。罪でもない。冗談に聞こえるかも知れぬが「辞任」以外に何があろうか。

「開戦」という政治判断は責任を問われるべきか。
問われるべきではない。開戦が必ずしも間違いとは思えぬ。
米国が開戦したがっていた状況で、首尾よく逃れる事が出来たとは思わない。現在、日本が繁栄している事を鑑みれば、「開戦」という判断が活路の1つであったという考え方もできる。生き長らえて精神的に去勢されたアジアの一小国で終るのと、一度激しく死んで、ここまで復活するのとどちらが幸せか判らん。開戦しなかったらアジアの大半は未だ植民地だ。
ちなみに一番有名なA級戦犯である東条さんには開戦の責任は全く無いし、本当に責任のある人達は寧ろ刑死する前に獄死したり許されたりされている東京裁判。非常に皮肉だ。

最後に昭和天皇。
法的には内閣が敗戦責任を負うのであり、天皇に責任はない。だが、決意さえすれば、単身で戦争を止めたり、被害の少ない内に降伏できる立場でもあった。故に、戦争を否と思っていて、行動しなかったのであれば、男としては問題だろう。敬愛した者として批判は辛いが。
東京裁判では米国の意向ではあったが、A級戦犯が身代りになったのは明白である。故に、あのメモが正しいとするならば、優柔不断の上に恩知らずということになる。それは信じたくないのでガセである事を願っている。

今、危機に陥っているのは靖国参拝ではなく、
昭和天皇の名誉なのである。
Posted by 小野まさ at 2006年08月02日 20:30
鬼畜米英さんは昭和天皇に対し、随分な悪意をもっておられるようですが、どこからの知識ですか?それとも御自分の思い込みでしょうか?

戦後、天皇陛下はGHQのマッカーサーを自ら訪ね、「この戦争責任は全て私にある」と言い、自らの命を絶つことで国民を救って欲しいと申し出ています。

天皇陛下がGHQを尋ねた時、マッカーサーは“命乞い”に来たんだろうと、出向えもせず執務室でパイプを咥え応対しましたが、天皇陛下のお言葉を聞いて驚き感銘し、帰る際は玄関まで見送ったそうです。

戦後、天皇陛下がGHQに「国民の生活状態をこの目で見たいので全国を回る許可が欲しい」と申し出た所、GHQは、国民が天皇の戦争責任を許すはずが無い、きっと石を投げつけられ罵声を浴びるはずだと期待し、GHQの兵士を数人付けることで、全国行脚を許可しました。

しかし、罵声を浴びせられるどころか行く先々で国民が、天皇に額付き嗚咽をあげる姿を見せられ、天皇を死刑にすれば日本人は今度こそアメリカを憎み必ず報復するであろうと思ったそうです。

天皇陛下を生かすことが日本国の安定に繋がるとのGHQの判断であり、天皇が責任逃れをしたなどととんでもない暴言です。

マッカーサーはその後の自叙伝で天皇陛下を「私が初めて出会った世界最高の紳士
」と言っています。

話は変わりますが、天皇発言とされるメモに関連して静岡県立大学の大磯正美先生が御自身のブログで興味深い見解を書かれています。ググって見てください。
この世は魑魅魍魎・・・。

Posted by まめ吉 at 2006年08月02日 21:03
>「開戦」という政治判断は責任を問われるべきか。

ちょいと修正。結果責任は問われて当然ですな。
当時の判断としては勿論、現在の判断としても、選択が100%間違っていたとは言えないと云いたかったまでです。寧ろ、戦争が唯一の活路だったという見方も出来ると。
Posted by 小野まさ at 2006年08月02日 21:37
中国、韓国が文句言ってるうちは絶対参拝
し続ける。
文句言わなくなったら参拝中止してもいい。

敵がちゃちゃいれてくる状況で
論議だの内乱だの隙をみせるのは
愚の骨頂。

明治維新に学ぶべし。
Posted by ss at 2006年08月03日 00:35
昭和天皇がもし死刑になっていたら

GHQのみなさんは無事に本国に
帰れなかっただろうし

今のかの国どころではない勢いで
米国を憎み嫌っていたでしょうね

どんな日本になっていただろう


・・・


国がなくなってたりして


Posted by とことん at 2006年08月03日 00:51
らんさんの意見に同感です。
いまだに、「四つ足で食べないのは、テーブルだけ、二つ足で食べないのは親だけ。」という民度の低い国からのイチャモンは無視しておきましょう。ただ、日本の水資源と太平洋への軍略的要衝(対アメリカ)を狙って、民族浄化を仕掛けてくるかもしれないので、政府は、キチンと「傾向と対策」だけは練っておいて欲しいものです。
※「南京大屠殺記念館」で日本人が30万人もの中国人を食べるために殺戮した。と教えているので、当然、日本人は民族浄化のときは食べられてしまいます。
Posted by ビヨン at 2006年08月03日 01:08
首相が、「国のリーダーとして」参拝することはできないと思います。「公人」の参拝は憲法違反になります。
Posted by 気になったので… at 2006年08月03日 04:47
ワツィさん
08月02日 10:34のnanaです。

08月02日 14:10
08月02日 14:14の方とは別人です。

ややこしくてすいません。
Posted by nana at 2006年08月03日 08:19
首相が参拝しても、憲法違反にはなりません。世界の英米法型の憲法では、一般に、政教分離規定とは「信教の自由」の相補的規定です。(日本国憲法はアメリカがつくったので英米法的だと思われます)
つまり、憲法においては「個人」が先、「国家」が後。宗教も「個人」が先。だから、まず個人の信教の自由を保障する。で「国家」が後。つまり、国家が個人の信教の自由を侵してはならないわけですね。そのための政教分離規定ですから、国家が国民に「参拝しろ」と強制したり、寄付金を集めたりすれば政教分離規定に反します。国家が権力でもって個人の自由を侵害するわけですから。
だけど、純ちゃんがポケットマネーでぱんぱんと参拝しても、個人の信教の自由を侵害された人はいないので、なんの問題もない。まあ、そうすることで「精神的苦痛を受けた」という訴えしかないのですが(靖国訴訟はこのパターンしかない)そりゃ普通は脳内妄想だとしか思えないわけですなー(笑)だから、最高裁判断でも「法的利益がない」ので却下。侵害されたものがないのだから、訴えの元になる被害がないのです。それを「憲法判断を避けた」と書くのは、マスコミの無知orプロパガンダです。その都度、ちゃんと判断してるわけですよ。「そりゃ妄想です」ってね。

なお「政教分離」「信教の自由」はJ・ロックの「宗教の寛容に関する書簡」が原型でして、個人がいかなる宗派に属そうとも、議会がこれに干渉するべきでないと主張したものです。当時はキリスト教しかないので「宗派」となっていますが、意味は同じですね。これが、憲法に取り入れられていったわけですね。
Posted by single40 at 2006年08月03日 10:21
日本のNPOと北京大の合同世論調査によると、中国人の半数が『分祠しても政治家の靖国参拝には反対』なんだそうです。分祠すれば中国との外交がうまくいく、というのはまったくの妄想ですね。他国の宗教感が理解できないのは、当たり前で仕方のないこと。ましてや、理解しようすらしていない相手に、理解を求めるなど不可能です。日本人は、日本人としての宗教感を貫けばいい。人の顔色を伺う信仰の自由など、存在しません。
Posted by のの♪ at 2006年08月03日 14:55
今朝から日経が新たに富田メモの連載を始めたようです。興味のある人はどうぞ。
8月15日の終戦の日に向けての最後の駄目押しか?
ついでにいうとこの終戦という言葉もちょっとおかしい。正確には「敗戦の日」というべき。
終戦の日という言い方には、日本人らしい負け惜しみが表れている。
山本五十六は日米開戦前に「1年くらいは暴れてみせましょう」と言ったらしいが、当初から勝算がないことをよく分かっていた。
勝算がないまま開戦を決断したA級を含む戦争指導者と、赤紙で召集されて戦っただけの戦没者とはやはり異なる人種であって、同じようには慰霊できない。
「死んだら(A級も戦没者も)皆、仏」という言い方は、我々戦没者の遺族に対して失礼ではないか?
戦没者の遺族が当時の戦争指導者に対して抱いている複雑な感情を考えたら、天皇が参拝できる(天皇こそ戦没者をもっとも慰霊しなければならない人物である)追悼施設を作る以外に方法はないのではないか?
Posted by とらお at 2006年08月03日 16:05
本筋と関係なくてすまんけど
ユダヤ人虐殺したの我輩じゃなくてソ連だから

我が同盟国殿も南京で同じようなことされてるからわかるべ?



まぁ、ヒマなときにでも読んでみてくれ

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88

http://maa999999.hp.infoseek.co.jp/ruri/sohiasenseinogyakutensaiban2_mokuji.html
Posted by ヒトラー at 2006年08月03日 17:05
とらお様

>「死んだら(A級も戦没者も)皆、仏」という言い方は、我々戦没者の遺族に対して失礼ではないか?

わたしの親族(祖父の弟)も戦死しておりますが、合祀されていることについて「いやだ」と思った事は露程もありません。
かわいがっていた弟のことを名誉の戦死だ、と誇りに思っていた祖父も同様です。
戦没者遺族全員が思っている…的な発言はやめてくださいませ。
Posted by 道民 at 2006年08月03日 17:52
う〜ん、日本の歴史研究の中心部は、世界でも類を見ないくらいに時代遅れのマルクス史観が主流だから、思想的なフィルター抜きで歴史を研究することはかなり難しいと思います。恐らくいま有名大学の教授クラスがごっそり抜けて「マルクス史観、そんなの古い古い」と言えるような研究者が第一線に出てくるのを待つ必要がありますね、あと10年くらい先かな。。。。
Posted by フィルム at 2006年08月03日 18:46
道民さんに同意です。
遺族会の統一した意見が出たわけではないのですから、総意であるかのような言い方は止めて欲しいです。

天皇陛下を商売のタネにする日経新聞社には怒りを感じます。
Posted by 水草 at 2006年08月03日 18:53
この遺書ひとつ見ても、
靖国神社を後世の我々がどう扱うべきか、わかるんじゃないのかなぁ?
↓植村少尉が幼いわが子にあてた遺書
http://baikokudo.fc2web.com/kokuzoku/0.html

靖国は便宜上宗教法人になってるようですが、宗教ではなく”約束”の場所ですよね。約束破ったら、命かけた軍人さんに卑怯者といわれてしまいそうです。
それと、この頃思うようになったんですが、靖国神社で不戦・平和を祈られても、英霊たちは戸惑うんじゃないでしょうかね?
靖国神社は兵士たちによく戦ってくれました、いま我々があるのは、あなた方のおかげです、ありがとう、と、感謝をささげるためにあるんですよ。

あと、私にとっては、こんなところも参考になりました。
↓なぜ戦勝国によって靖国神社が焼き払われなかったか?
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog202.html
↓アラブ人の目からみた靖国騒ぎ
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1129827451/
↓靖国の魂達(たましいたち)
http://www.senyu-ren.jp/SOUL/SOUL.HTM
↓東京裁判は法律上成立しない
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/history/honbun/tokyosai.html
Posted by @岩手 at 2006年08月03日 22:02
すでに下記の記事をお読みになった方も多いと思いますが、一応、貼っておきます。A級戦犯とか分祀とか、意味ないですね。↓

【靖国】中国側を調査、分祀でも半数が容認せず 2006/08/03(木)
 日本の非営利団体「言論NPO」と北京大などが2日発表した共同世論調査で、中国側回答者の半数が、A級戦犯が分祀(ぶんし)されても日本の政治家の靖国神社参拝を容認しない考えを持っていることが明らかになった。(中略)
51.1%は「どんな条件でも参拝してはいけない」と、分祀されても容認しない考えを示した。
▲ソース:NEWS@Nifty/共同通信
ttp://newsflash.nifty.com/news/ta/ta__kyodo_20060802ta015.htm
Posted by らら at 2006年08月04日 02:26
それどころか、ランさんも指摘していたとおり、中国の裏工作の可能性も高い。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/d/20060802
http://www.fmprc.gov.cn/ce/cejp/jpn/xwdt/t246283.htm
天皇陛下さえ利用しようとする中国の脅威を、日本人もそろそろ本気で考えるべき時期にきているのではないでしょうか。
Posted by toy at 2006年08月04日 07:12
そもそも靖国は慰霊の為の祭祀を行うための象徴的なものであり、祀られている戦没者個人個人の合同墓地ではありません。もちろん遺骨などが無い遺族の方が仮想墓地的に参拝される事は多々ありますが、本来は戦没者の魂を縛り付けるようなものではありません。そもそも靖国がシンボルであり戦没者個人個人の慰霊と完全にイコールではない以上、遺族の方が「魂は靖国ではなく位牌や代々の墓にいる」と思われることは靖国での祭祀とはなんら矛盾しません。他の例でたとえると、ダム等の大規模工事において監督の判断ミス等の理由で監督自身も含む大勢の作業員が亡くなったとして、亡くなられた方全員を慰霊するモニュメントなどが作られた場合。作業員の遺族の方が「原因を作った人間と一緒に祀られたくない」という感情であれば只慰霊碑やセレモニーを無視して個人の為に祈ることでしょう。「慰霊碑など取り壊せ」等と言う遺族が大多数とは考えづらいのではないでしょうか。これがこと靖国となると特定アジアの代弁者が多くなるというのは、国内問題としては甚だダブルスタンダードな方が扇動しているように思われます。
Posted by TIG at 2006年08月04日 10:04
東京裁判は、確かにデタラメです。

しかし、デタラメだろうが、なんだろうが、それを日本が受け入れた以上、A級戦犯は残念ながらA級戦犯でしょう。

東京裁判の結果を無効とするならば、それこそA級戦犯の死が無駄になります。

それに、韓■■民も、中■■民も、過去の戦争はA級戦犯によって引き起こされたものだと認識しています。

東京裁判のハンケツを受け入れないのなら、日本国民全員が過去の戦争の責任を負う事になるでしょうね。

とにかく、韓■政府も、中■政府も、歴史問題を外交問題として利用しないでもらいた。

韓■■民や中■■民が、反日感情を抱くのは当然でしょうが、それらの■民の反日感情を利用して、おのれの保身を考えたり、人気を得ようとしたり、金儲けしたり、政治的に利用する奴等は絶対に許せません。

Posted by takashi at 2006年08月04日 10:15
ここで皆に考えて欲しいのは、政治のことばかりに関心をしていますが、経済の点で
考えるとシナ事変、太平洋戦争のためこの時代は軍需品を能力以上に生産し、そのため工業力が非常に向上しました。爆撃で壊滅したといいますが、賠償に取り立てるため製鉄所や非軍需産業をアメリカは多く残し、そのために残った工場と生産ノウハウおよびアメリカの生産ノウハウにより戦後
の経済復興が早くできた。もし昭和十年代の戦争がなかったら、今現在の日本の工業力はない。このことは歴史の本では経済は書かないことになっているのでぬけています。
Posted by 森田 at 2006年08月04日 12:57
らんさんの例え話(裸の日本)にはほど遠いですが、
私の脳内メルヘン靖国です。

ある村に、お母さんと3人の娘が暮らしていました。
ある日、この村に男たちがやってきました。
男たちは、女所帯の家へ居座りだしました。
やがて、このお母さんの家にも、大きな男がやってきました。

お母さんは、薙刀を持って、男と戦いました。
長女も一緒に戦いました。
すると、驚いた男は、ピストルでお母さんとお姉さんを
撃ち殺しましてしまいました。
お姉さんは、死ぬ間際
「私とお母さんのことを思い出すときは、庭の桜の木を見てね。」
そういって息を引き取りました

男は、二度と薙刀が使えないように、家の間取りをかえ、
残った娘たちに言いました。
「おまえのお母さんが悪いんだ。そのせいで、
死ななくてもいいお姉さんも死んだんだ。」

それからの姉妹は、薙刀を捨て、黙々と布を織り続け、働きました。
働きながらも、二番目の娘は、命日には、必ず桜の木の下で、
手を合わせます。
でも三番目の娘は、男の言葉が忘れられません。
「お母さんのせいで、お姉さんが死んだ。」

月日がたち、一生懸命に働いたおかげで、
布は高く売れるようになり、生活も楽になりました。
そんな頃、いつも家の中がゴタゴタしている近所の奥さんは、
こんなことを、村中に言い歩くようになりました。

「あそこのお母さんのせいで、わが家はひどい目にあいましたよ。
薙刀が得意だといって、年中振り回して、ほんとに迷惑な人でした。
あの木、お母さんの桜だなんて!また薙刀を振り回すつもりね、
おお、怖い、早く切ってくださいよ。」

二番目の娘は、あの奥さんの話しなんか信じてはダメというのですが、
三番目の娘は、ご近所の奥さんに恥ずかしく、
死んだお姉さんがかわいそうで、お母さんが憎くてたまりません。
だから桜の木の下でお参りがイヤなのです。
近頃は、姉妹二人、命日が近くなると、お参りのことで、
言い争う毎日です。

村の人たちは、
「あの奥さんは、自分のモノは自分のモノ、
他人のモノも自分のモノっていう人だから・・・。
姉妹が喧嘩している間に、高く売れる布を、
勝手にしたいんでしょう。」と噂しています。

私なら、桜の木の下で手を合わせながら
今度は絶対負けません、って誓っていそうです・・・。

長々とすみませんでした。
Posted by かしわもち at 2006年08月04日 15:38
らんさん、いつも楽しく読ませてもらってます。いつも読んでるだけですが今日はちょこっと書き込みます。

まめ吉さんへ

天皇陛下が終戦後にGHQとともに国内行脚している映像を先日テレビで見たばかりです。確かにまめ吉さんのおっしゃる通りで、陛下が広場の壇上に上がられると周囲を埋め尽くした国民が割れんばかりの声で万歳をしている姿が克明に映し出されていました。行く先々で同じように出迎えられる姿をカメラは捉えていましたので、これは真実です。

私は現在カナダに住んでいるのですが、こちらのテレビではヒストリー専門チャンネルがあります。ここでしょっちゅう日本の近代歴史に関する放送があり、終戦直後の日本国内の様子だとか大和が撃沈される様子だとか、「こんなものまで?」と思うものが映像として残っています。海外にいるのに日本にいたときよりもこういった映像を目にする非常に多いのがなんだか不思議です。

こういったものは日本国民にこそもっと見てもらいたいと切にに思いました。
Posted by Ryupon at 2006年08月04日 16:34
>toyさん
わぁ・・らんさんの予想通りじゃないですか。日経社長とトウカセンが会談してたんですね。富田メモが見つかったのは5月と日経は話してますが実際は2月とも昨年ともささやかれてますね。もう絶対に靖国参拝賛成です。今日本国内が世論分断してる時じゃない。一丸になって中国をけん制しなきゃマズイですね。
Posted by ooyama at 2006年08月04日 20:02
このブログの管理者に1つお聞きしたいですが、今日午後に書き込んだ内容が見えないのは、違う意見だから具合が悪いので削除したのか、それどもたんに自分の思い過し?
昔は広告類しか削除しないと公言された覚えがあるですが。
Posted by あえて at 2006年08月04日 20:06
>あえてさん

外野から失礼。
らんさん、そんな事しないと思うよ。もしそうなら理由を後で言って下さる筈です(見過ごせない個人中傷になってるとか)。先ずはもう一度、同じ趣旨を書き込んでみれば良いと考えます。
Posted by 小野まさ at 2006年08月04日 22:51
らんさんへ
か、感動しました! 世の中には私と同じような事考えている人もいるのだと! 
ただ、私は、極東裁判についてはブレイクニーアメリカ人弁護人のように無効だと考えています。ただ、結果的に命を以って償った人は赦される、よって魂の安らかなるを祈るのは、日本人の一般的な心情だと考えます。
それを、戦犯だけ特別視するのは明らかに何らかの下心のある人、或いは、特殊な信仰の持ち主でしょう。
確かに、中国政府は政治的なカードとして靖国参拝を利用していますが、おっしゃるとおり、これは、日本国内の問題です。
むしろ、日本人の方が近隣国を反対せしめて利用しているという図式だと思います。
私が最近思うのは、近隣国には理屈が通じるけれど、日本人には通じないという恐い原則です。
つまり、最近の朝日・毎日・公明・民主等等の靖国参拝反対症候群って、恐くないですか? ものすご〜くヒステリックで問答無用って姿勢が露じゃないですか。
おそらく、かつての戦中の戦争ムードも、こうやって朝日は盛り上げたのだと思います。そう、同じ事やってるんですよ。
だから、また恐い結末を招かぬ内に、普通の日本人が声をあげて、異常な反対キャンペーンに異を唱えるべきだと思います。
さて、よければ、我がブログも覗いてやって下さい。
http://blog.goo.ne.jp/laohu-chopin/
Posted by 老虎 at 2006年08月04日 23:43
>あえて氏

推測で申し訳ないが、たぶんブログのシステムそのものに問題があるのではないかと。私も時々書き込んだ筈の内容が反映されていない事があります。そういう時はしばらく間を置いて、後からもう一度書き込むようにしてます。
Posted by 外野ですが at 2006年08月05日 00:00
 後出しジャンケン。 確かに、時々刻々と変わる状況の中での判断の是非を、結果を知った後世のものが糾弾するのは卑怯かな、と思いますね。その上で個人を評価するのなら、能力的には、その当時にもっとよい判断ができたのではないか? 心情的には、そこに功利的な思いがあったかなかったか?、何てとこになるのではないかと思います。
 立憲君主制を守ろうとした昭和天皇は、敗色濃厚な時局において、自ら率先してのポツダム宣言受諾表明を決断しつつ、日本が一矢報いてから(少しでも後々に有利な場面を作ってから)と表明時期を探っていたが、なかなか作戦が効を奏せず、うまくいかないものだね、とぼやいているうちに原爆が投下された、という(終戦50周年のNHK番組中での紹介)。これが本当なら、最適な時局を測っているうちに最悪の結果を招いたとことになるが、これもまた、後出しジャンケンで評価することは避けたいと思う。
 
 また、富田メモは、極めて政治的な意図の下に世に出されたもので、昭和天皇の発言かどうかも極めて疑わしいもの(全体を精読・比較検討しないと誰の発言かまったく分らない。天皇は自身を「朕」ではなく「私」といったのか? 言ったとしても富田氏が主上を「私」と気安く記せるものなのか?)で、私は昭和天皇の発言ではないと思いますが、そのようなものについて「政治家YKK」の一人であった加藤氏が「あのメモが見つかった以上、靖国には参拝すべきでない。天皇陛下のお言葉は重い。」って発言されていたのを聞いて、あきれてしまいました。
 精神構造は戦前の皇国のまま。自分の思いや判断がどうであろうとも、天皇の意思が示されればそれに従う、なんて、、、、、御前会議という誰も責任を明確にしないですむ場で、天皇の名において開戦を決定し戦争を遂行していった戦前・戦中の精神構造が、そのまま生きているのです。この精神構造の恐ろしさを自覚できない加藤さんは可哀想。山崎氏もまたしかり。
 YKKのうち、小泉さんだけが、本当に自立し、民主主義を理解していたのですね。
Posted by JN at 2006年08月05日 00:31
死をもって償う、そしてそれを償いの官僚とする考えに異論を唱える日本人はいるのでしょうか。
死体に鞭打つという行為は私の価値観にはありません。
Posted by KT at 2006年08月05日 00:48
>あえてさん
私も、外野からごめんなさい。

あえてさんがおっしゃる「投稿したのに消されてる?」っていう投稿というのは、『「外野」「内野」の話にはあきれています』から始まる投稿のことではありませんか? それなら、『裸の日本』(7月6日付のエントリ)のコメント欄に投稿されてますけど。

もし私が間違ってたら、ごめんなさいね。でも、『裸の日本』の本文にも、他のコメントにも「外野、内野」という単語は一切出てきていないのに、あえてさんのその投稿は『「外野」「内野」の話にはあきれています』で始まってるから、なんか話が食い違ってるように感じるんです。たぶん、このエントリに投稿したつもりで、『裸の日本』に間違って投稿しちゃったのでは?
Posted by 私も外野なんですが at 2006年08月05日 09:52
>>takashi
>東京裁判は、確かにデタラメです。
>しかし、デタラメだろうが、なんだろうが、それを日本が受け入れた以上、A級戦犯は残念ながらA級戦犯でしょう。
>東京裁判の結果を無効とするならば、それこそA級戦犯の死が無駄になります。

あんた馬鹿じゃないの? 
いや間違った性根が完全に腐っているだな。
普通だったらイカサマ裁判の嘘がばれたんだから、A級戦犯といわれる人達の無実を証明するために世界にそう発言すべき。

>東京裁判のハンケツを受け入れないのなら、日本国民全員が過去の戦争の責任を負う事になるでしょうね。

日本人らしからぬ物言いだな。中国の工作員か?
Posted by あいうえお at 2006年08月05日 11:21
「外野を黙らせる」というのはもう十分に達成されていると思います。
まぁ、韓国は問題外で、黙らせることは不可能なんで置いときますが、少なくとも中国は明らかに最近トーンダウンしてますよね。
小泉さんや靖国問題を直接名指しして批判しなくなりましたし。
中国政府が先鋒となって日本の軍国主義(笑)を批判してきた立場上、日本の靖国問題を批判しなければ国民に示しが付かないということを考えれば、十分に外野を黙らせているという状態だと思います。
これ以上黙らせるのは、ほぼ不可能でしょう。
首相の参拝をやめさせるには国民の参拝反対派を増やすしかないわけですが、あまりに過ぎた干渉および反日デモのせいで、反感を買ったのは中国の方。
結局参拝反対派は増えず、この問題は日本人が考えるべき問題という認識が広まりましたからね。
ただし、胡散臭い情報が出てきたり、相変わらずの偏向報道が垂れ流し状態だったりで、日本人がまともに考えることができるのはもう少し先になりそうです。

私見ですがA級戦犯をA級戦犯として人くくりにする靖国反対派は絶対に信用しません。
A級戦犯の中には早期の終戦に尽力した人もいます。
にもかかわらず、彼らを一くくりにして扱うというのでは合理性があるとはいえません。
Posted by jjj at 2006年08月05日 11:56

誰も知らない 知られちゃいけない A級戦犯が何なのか
何も知らない 話しちゃいけない A級戦犯が何なのか
この国に愛がある この国に歴史がある
この美しいものを 壊したいだけ
今日もどこかで中国人 今日もどこかで朝鮮人


誰も知らない 知られちゃいけない A級戦犯が何したか
何も言えない 話しちゃいけない A級戦犯が何したか
もうこれで戻れない 反日の旅路だけ
この優越感 知った今では
明日もどこかで日経マン 明日もどこかで朝日マン
Posted by 小野まさ at 2006年08月05日 13:54
>さて、ところで「富田メモ」
(以下、陛下って書いてるのは先帝、
昭和天皇陛下のことです)

らんさん、「陛下」は故人については使わない言葉と思う。
小泉さんをはじめ多くの閣僚も昭和天皇のことを「陛下」と呼んでいるが、ちょっとおかしい気がする。
また、メモの中で昭和天皇が自分のことを「朕」と言わずに「私」と言っていることを取り上げて、メモの信憑性を疑問視する議論がネット上で多いが、昭和天皇が会話で「朕」という言葉を使っているのを私はかつて聞いた事がない。
思うにネットでは、昭和天皇のことを直接知らない若い世代が書き込みの中心になっているのだろう。
らんさんにしても昭和天皇崩御時は15歳くらいのはず。無理もなかろうと思う。
平成18年にして昭和天皇の記憶は、すでに少なからぬ数の国民から(特にネット世代からは)消えつつあるのだ。
昭和は遠くになりにけり、である。

最後にメモのより前の部分について
>戦争の感想を問われ
  嫌な気持を表現したが
  それは後で云いたい
  そして戦後国民が努力して
  平和の確立につとめてくれた
  ことを云いたかった
  "嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長官
  の靖国発言中国への言及にひっかけて
  云った積りである<
ここに晩年の昭和天皇の靖国観、戦争観がよく表れていると思う。
奥野誠亮のような中国への侵略戦争否定論者はいつの時代にもいるものだ。
いつか、らんさんの日中戦争観を読んでみたいと思う。
Posted by とらお at 2006年08月05日 16:50
A級B級C級どれも冤罪ですね。
日本が侵略国家だというのも免罪です。
東京裁判は単なるGHQの自作自演劇ですから。(世界中の法律家が認めている事です)
にもかかわらず、今も日本が犯罪国家である、A級戦犯が戦争犯罪者であると思っている人々がいます。(日本人だけでなく世界中の人々)
そして多くの人が惑わされ、間違っていると思います。
まず日本人が勉強し、事実を見つめる事が必要だと思います。
Posted by ワツィ at 2006年08月05日 16:54
東京裁判は、6人の判事のうち2人が東京裁判の公用語であった日本語と英語を使うことができず、1人が裁判官の資格を持っていない人だったらしいです。で、この内の2人(ちなみに中露)と米が判決に全面的に賛成したらしいです。素人目にも『胡散臭い』と、思ってしまいました。
Posted by のの♪ at 2006年08月05日 17:33
A級戦犯について

企業の経営者なら倒産すれば従業員を路頭に迷わすだけで済みます。しかし戦争を遂行すれば多数の人(軍人も民間人も)が死ぬのです。
軍人も政治指導者のもとで戦争をしてその国が負ければ無能といわれるだけです。
しかし軍人が政治指導者をかねている場合は無能だけではすみません。戦争は勝たなければなりません(少しぐらいのルール違反はあっても)。負けた国ぐらい惨めなものはありません。
どんなに戦死者を出しても結果として戦争に勝てば勝利者としてたたえられます。日本の政治指導者(軍事指導者)に戦争を成功裡に終らせるだけの軍事的外交的な能力のある人がいたでしょうか。その意味で私は後に合祀された人が許せないのです。靖国神社に祀られているほとんどの戦死者は日本の首相が参拝して当然の人たちです。私も今年初め参拝しました。
私は「会社を倒産させたさせたけどいい人だった」といわれる経営者より「大酒のみで、女癖は悪かったけど会社をうまく経営して従業員を守った」といわれる経営者の方を高く評価しますけどね。
Posted by なまず at 2006年08月05日 22:27
「負けた国は何をされてもしょうがない」
そんなふうに思っている人が多いような気がします。
ですがそれは間違いです。

ポツダム宣言では「無条件降伏をしたのは日本軍であって日本政府ではない」のです。

ですが、日本軍が武装解除を終えると、GHQは日本政府が無条件降伏したかのよう振る舞い、宣伝し始めました。
正式な国際条約を踏みにじる許し難い背信行為をしたのです。

戦後60年が経ちました。
日本がそのことを主張出来る様になれば世界は認めます。
なぜなら、すでに世界中の法学者などが認めている事だからです。

そして、国際法、条約を守る世界にならなければ、平和が遠のくのです。
Posted by ワツィ at 2006年08月05日 23:57
「東京裁判が無効な事を、世界中の法学者が認めている」
どうしてそんな事が言えるのか。

それは例えば、クウェート侵攻戦争をしたフセイン、彼は今捕まっていますが裁判に掛けられていますか?

もし、東京裁判が有効であれば、フセインもA級戦犯であるはずです。

東京裁判の以前も以後も敗戦国を一方的に裁くなどということは無法者(犯罪者)のすることなのです。
Posted by ワツィ at 2006年08月06日 00:16
ひとりの日本人としては、戦争に負けても逃げも隠れもしなかった昭和天皇を結構「自慢」に思うわけです。誇りに思っていいじゃないかな。
まず逃げ出すか、民衆やらに処刑されるのが、世界史の常でしょう?
Posted by ハベリーナ at 2006年08月07日 10:57
>なまずさん
>負けた国ぐらい惨めなものはありません。
戦わずに負けるより、ずっとマシだったと思います。
アメリカが日本を戦争に引きずり出すつもりだったことは知られていますよね。
日本は戦えば最終的には負けることは知っていましたが、戦わなかったらどうなっていたと思いますか?
日本が負けたあと、各国は植民地を取り戻そうとしました。
アジア各国は日本が戦わなかったら植民地のままだったでしょうし、日本も植民地になって、母国語も文化も破壊されて、魂まで奪われて、今頃は欧米人の身の回りの世話なんかしてると思います。
そりゃあ失敗はいろいろありましたけど、精一杯戦ってくれたからこそ今の日本やアジアがあります。
今の日本に生きている私たちがどの面下げて批判できるんでしょう。
Posted by J at 2006年08月07日 11:29
小野まささんの8月2日20:30のコメントに非常に感銘を受けました。
特に昭和天皇の部分に関しては、同じようなことを考えていたのですが、見事に表現していただいた気分です。
ありがとうございます。
Posted by メル at 2006年08月08日 08:42
>メルさん

賛意有難うございます。
私としては8月5日13:54の「今日も何処かでデビルマン」の替え歌がスルーされたのが・・・ orz
Posted by 小野まさ at 2006年08月10日 03:16
小野まさ様をはじめ「外野」にて「援護射撃」(特に悪い意味ではない)諸方々、フォローありがとうございました。7/6の内容を確認しました。確かに私が勘違いでそちらへ書き込みました。失礼しました。
1つのことに対していろいろの意見を発表できるのはまさに民主主義です。このブログには間違いなく少数派でもある私は「日本を嫌になった中国人」の類に入っていないと思います。時々耳さわりとなるかもしれませんが、これからも「ここは違うよ」と発言するつもりで、よろしくお願いします。
Posted by あえて at 2006年08月10日 15:02
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